夢を諦めた大人は、アニメを見ろ。
48歳、5日で約50時間『ヒロアカ』を見て思い出した。大人になると、僕たちは賢くなる代わりに「熱くなる力」を失っていく。
よしなり村長|夢を実業に変えるプロモーター
48歳の今、僕の人生のかなりの時間がNetflixに吸い込まれている。
犯人は『僕のヒーローアカデミア』、通称ヒロアカ。
1日10時間くらい。すでに5日ほど見ている。
約50時間。
しかも、まだ終わらない。
ようやく半分を少し超えたところだ。
「仕事しろ」という声が聞こえてきそうだ。
僕もそう思う(笑)。
もちろん、48歳の大人に「1日10時間アニメを見よう」と勧めたいわけではない。
ただ、50時間も見ていて、思い出したことがある。
大人になると、僕たちは賢くなる代わりに「熱くなる能力」を少しずつ失っていく。
だから僕は今、本気で言いたい。
夢を諦めた大人は、アニメを見ろ。
大人はアニメを卒業するんじゃない。理想を恥ずかしがるようになる
子どもの頃、『ドラゴンボール』『NARUTO』『HUNTER×HUNTER』『北斗の拳』などを見て、素直に思わなかっただろうか。
強くなりたい。
すごい人になりたい。
仲間がほしい。
何かを成し遂げたい。
世界を変えたい。
子どもは、けっこう平気でそんなことを考える。
ところが大人になると、知識が増える。
失敗もする。
世の中の厳しさも知る。
そして誰かから言われる。
「現実を見た方がいい」
「そんなに甘くない」
「もう若くない」
何度も聞いているうちに、最後には誰かに言われなくても、自分で自分に言うようになる。
さらに厄介なのは、いつしか「夢」と言う人を少し青臭く感じたり、「本気」という言葉を暑苦しく感じたりすることだ。
僕自身、一時期アニメや漫画からかなり離れていた。
大人になったから卒業したつもりだった。
今思えば、卒業したのはアニメではなく、理想を本気で信じる自分の方だったのかもしれない。
現実を知ることと、理想を捨てることは違う。
ここを一緒にしてはいけない。
アニメは「理想の筋トレ」だ
ヒロアカを見ていると、心が熱くなる。
誰かが立ち上がる。
誰かが仲間のために動く。
負けても、また向かっていく。
すると、画面の外にいる僕まで何かしたくなる。
人に会いたくなる。
企画を作りたくなる。
挑戦したくなる。
もっと成長したくなる。
不思議なものだ。
僕たちは「運動した方がいい」「挑戦した方がいい」「行動した方がいい」なんて、とっくに知っている。
情報は足りている。
足りないのは、心が動くことなのかもしれない。
人は正論を100個並べられても動かないことがある。
たった一つの物語で、突然動きたくなることがある。
僕はプロモーターという仕事をしていて、ここはものすごく重要だと思っている。
人が動くのは、未来に感情が乗ったときだ。
「こうなりたい」
「このまま終わりたくない」
「もう一回やってみよう」
そこに火がついた瞬間、人は動き始める。
だから僕にとってアニメは娯楽であり、同時に理想を持つ筋肉を鍛え直す装置だと思っている。
プロモーターは、アニメをこう見る
そして僕は職業病なのか、アニメを普通には見られない。
物語を楽しみながら、頭の片隅ではずっとこんなことを考えている。
なぜ、この人物を応援したくなるんだろう。
なぜ、次の話を押してしまうんだろう。
なぜ、仲間が増えるとこんなにうれしいんだろう。
なぜ、負ける場面があるほど、その先を見たくなるんだろう。
なぜ、見終わったあと誰かに話したくなるんだろう。
実はこれ、僕がビジネスを見るときに考えていることと、かなり似ている。
ここで一つ、僕がすごく大事にしている考え方がある。
プロモーションとは、商品を主人公にする仕事ではない。お客さんを主人公にする仕事だ。
売れない商品ほど「私の商品はすごい」「この技術はすごい」「この方法はすごい」と、自分の商品が主人公になっている。
本当に見なければならないのは、その商品を手にした人がどう変わるのかだ。
主人公は、お客さん。
商品やサービスは、主人公が次の場所へ進むための武器や道具。
発信は、その物語への入口。
仲間やコミュニティは、一人では越えにくい壁を一緒に越えるチームだ。
こうして見ると、アニメから学べるのはストーリーの作り方だけではない。
人の心の動かし方。
応援したくなる人物の作り方。
仲間が生まれる理由。
世界観の作り方。
そして「好き」という感情が、参加する、誰かに話す、時間を使う、お金を使うという行動に変わる仕組みまで見えてくる。
子どもがアニメを見れば、ヒーローに憧れる。
大人が本気で見れば、人間、組織、リーダーシップ、教育、商売、コミュニティの教材にまでなる。
同じアニメなのに、人生経験が増えた分だけ、見えるものが増えている。
これが面白い。
夢を実業に変えることは、夢を汚すことじゃない
僕は「夢を実業に変えるプロモーター」と名乗っている。
夢とビジネスは、反対側にあると思われることがある。
夢は純粋で、お金の話をした瞬間に汚れる、と。
僕は逆だと思っている。
夢を自分の頭の中だけで終わらせず、誰かの役に立つ形にする。
発信する。
参加してくれる人が現れる。
商品やサービスになる。
対価が生まれる。
仲間が増える。
そして続いていく。
実業とは、夢が社会と握手する方法だ。
アニメの中にある理想も、画面の中だけでは終わらない。
人が語り、集まり、その世界にもっと触れたいと思うことで、作品の外側にまで世界が広がっていく。
僕が人の夢を見るときも同じだ。
「それ、どうやったら他の人も参加できるだろう?」
「誰が一番喜ぶだろう?」
「どうすれば、一度きりではなく続くだろう?」
ここまで考えた瞬間、夢は妄想から企画へ変わり始める。
50時間アニメを見ても、人生は1ミリも変わらないかもしれない
最後に、大事なことを言いたい。
主人公が100回立ち上がっても、こちらがソファから一度も立たなければ、現実はほぼ変わらない。
50時間アニメを見ることは、50時間努力したことにはならない。
今の僕が、かなり説得力のある実例だ(笑)。
アニメは現実逃避にもなる。
同時に、現実再起動のボタンにもなる。
違いは、画面を閉じたあとに何をするかだ。
もし今、毎日がなんとなくつまらないなら。
未来に希望を持てないなら。
何か始めたいのに、ずっと止まっているなら。
一度、昔好きだったアニメを見てみてほしい。
そして見終わったら、「何を学んだか」なんて考えなくていい。
もっと子どもみたいな質問でいい。
「僕は、本当はどうなりたかったんだろう?」
答えが浮かんだら、15分だけ現実を動かす。
連絡を一本する。
企画を一行書く。
会いたかった人に会う約束をする。
申し込みを一つする。
小さな一歩でいい。
大人に必要なのは、現実を見る力だけじゃない。
まだ現実にないものを見る力だ。
現実だけを見ていたら、明日は昨日の延長になる。
まだ存在しない未来を見ようとするから、挑戦が始まる。
そして、それを誰かの役に立つ形へ変えるから、実業が始まる。
夢は、子どものものじゃない。
夢を現実に変えるのは、大人の仕事だ。
だから僕は、少し乱暴なくらいの言葉で最後にもう一度言いたい。
夢を諦めた大人は、アニメを見ろ。
追伸
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未だに北斗の拳をみて、あしたのジョーをみて、還暦のジジイになるのに、目指したいと思う。それぞれの時代に名作があり、胸を躍らせたその情熱を思い出して、物分かりの悪い少年、少女に戻りたいね。
それが一番エネルギーを内側から高める方法だし、無限に湧いてくるエネルギーだ!
日本人に広めてください。エボラパンデミック計画を潰しましょう。
記録されていること
エボラ出血熱とされる臨床像は、当局自身が認めているように、マラリア、デング熱、腸チフス、ヘビ咬傷、ワルファリン中毒、その他遺伝性出血疾患を含む20もの疾患と重なっています。
診断方法であるVeroモンキー腎細胞培養、特異性が疑わしいと認められている抗体検査、分離されたことのない参照物質に合わせたPCR検査は、規制当局自身の説明によれば循環論法に基づいています。CDCは、情報公開請求(FOI)への回答において、従来の科学的意味でのエボラウイルスの分離記録は存在しないことを認めています。他の国の機関も同様の回答をしています。
形態学的に同一である「マールブルグ」粒子は、WHOが宣言時点で確実に特異的ではないと認めた抗体検査の結果に基づき、「エボラ」粒子とは別個のものとして扱われています。
1976年以来の5件の公式なエボラ発生(ヤンブク、キクウィット、西アフリカ、北キブおよびイトゥリ、そして再びイトゥリ)は、集中的な産業的採掘、農薬への曝露、医薬品の過剰使用、汚染された水、同一の副作用を引き起こすワクチン接種キャンペーン、そして武力紛争が続く地域で発生しました。ヤンブクでの発生は、病院が閉鎖され注射が中止されたことで終息しました。ジャングルから出るはずだった1995年のキクウィットのパンデミックは、結局ジャングルから出ることはありませんでした。クレイグ・スペンサーのマンハッタンでのタイムラインでは、二次感染は発生しませんでした。2018年から2020年にかけてのDRCでの出来事は、Erveboを承認するための臨床試験として機能しました。2026年の宣言は、活発な武力紛争下の金採掘地で展開されています。
エボラと呼ばれているものの大部分は、存在が証明されたことのないウイルスに誤って帰せられた、医薬品による傷害や産業毒素による中毒です。症状を引き起こす曝露については、査読付きの毒性学文献に文書化されています。注射の慣習、薬物投与計画、ワクチンの有害事象プロファイル、および水質汚染の記録は、当局自身の報告書に記録されています。5つの出来事におけるパターンは、WHO自身の発生アーカイブに記録されています。分離がなされていないという事実は、各機関自身の情報公開請求(FOI)への回答に記録されています。
この構成とは、Narratives of Extractionが記述した通りのものです。危機を特定または創出し、自律性の放棄を要求する解決策を提示し、被害者には運営者が助けに来たと言い含めながら資源を収奪するのです。このウイルス緊急事態という形式において、この構成はこれまでに5回現れました。また別の鉱物資源が豊富な地域で、別のPCR陽性クラスターが発生し、別のワクチンが展開されることで、再び現れることでしょう。
この構成を変えるのは、人々がそれを認識することです。文書は存在しています。パターンは繰り返されます。5回目の宣言は、以前の4回と同様にWHOのアーカイブに収められています。次が最後になることはありませんが、認識する人が増えるたびに、次は実行が困難になっていきます。