47歳のおっさん、他人の努力を想像して毎日泣いてます。
人が夢のために後ろへ置いた時間を想像すると、涙が止まらない。
最近、僕は毎日泣いています。
映画で泣く。
アニメで泣く。
スポーツ選手が勝って泣く。
負けても泣く。
誰かが初めて商品を売っただけでも泣く。
一日一回ではありません。
ひどい日は、一日に何度も泣いています。
47歳のおっさんが、深夜にスマホを握りながら、部屋の隅で静かに号泣している。
事情を知らない人が見たら、家族に不幸があったか、全財産を失ったか、余命を告げられたと思うはずです。
でも違います。
誰かが勇気を出して投稿した。
誰かが怖いまま商品を出した。
誰かが最後までライブに残ってくれた。それだけです。
僕の感情はもう、通常運転ではありません。
常時、非常ベルが鳴っています。
しかも管理会社に連絡しても、誰も止め方が分かりません。
この症状は、最近始まったわけではありません。
僕は子どもの頃、実家のお風呂が取り壊されるのを見て、わんわん泣きました。
人が死んだわけでもない。
ペットがいなくなったわけでもない。
ただの古いタイル張りのお風呂です。
でも、毎日家族を温めてきたお風呂が、
「長年のご功労に感謝します。
本日をもって建物から退去してください」
と、ハンマーで壊されているように見えました。
「お風呂がかわいそうだ」
そう言って、本気で泣きました。
普通の子なら、新しいお風呂に喜ぶ場面です。
僕だけ旧浴槽の告別式を開催していました。
そんな子どもが、そのまま47年間放置されました。
結果、現在では誰かの努力を見るだけで、その人が誰にも見せなかった夜まで勝手に想像し、勝手にドキュメンタリーを始め、勝手に最終回で号泣します。
完全に自給自足の感動です。
かなり面倒くさいです。
でも、なぜそうなるのかは分かっています。
僕自身も、何かを手に入れるために、多くのものを後ろへ置いてきたからです。
眠かった夜。
遊びたかった休日。
恋愛したかった20代。
怖くても出した一歩。
頑張ったのに報われなかった時間。たぶん僕は、他人の努力を見て泣いているというより、自分が置いてきた時間まで一緒に泣いているのだと思います。
◆ 20代の恋愛をほぼ捨てて、2万時間勉強しました
僕は旧司法試験の勉強に、2万時間以上を使いました。
約7年間。
毎日10時間から15時間。
もちろんアルバイトもしていましたが、それ以外はほぼ勉強です。
20代です。
たぶん人生で一番、恋愛できた時期です。
若い。
体力もある。
今より出会いも多い。
本来なら、デートして、旅行して、朝まで酒を飲んで、誰かを好きになって、振られて、また誰かを好きになってもよかった。
でも、僕は勉強していました。
誰かにやらされたわけではありません。
自分で選びました。
司法試験に受かりたかったからです。
ただ、やりたいことだからといって、全部が楽しいわけではありません。
眠い。
遊びたい。
デートしたい。
だらだらしたい。
酒も飲みたい。
今日くらい何もせずに寝たい。
そういう欲は普通にありました。
でも、そのたびに後ろへ回しました。
司法試験に受かりたいという欲を、一番前に置いたからです。
きれいに言えば、優先順位をつけた。
もっと正直に言えば、かなりのものを踏み潰して進みました。
途中、心が壊れかけて、薬に頼りながら机へ向かった時期もあります。
そこまでやって、司法試験には受かりませんでした。
2万時間。
20代。
恋愛も、結婚の機会も、かなり逃したと思います。
それでも後悔はありません。
失ったものがないとは思いません。
もっと遊んでもよかった。
もっと恋愛してもよかった。
旅行もしてよかった。
でも、あの7年間があったから、僕は今も何かに狂ったように没頭できます。
◆ 司法試験には落ちた。でも、狂える自分だけは残った
司法試験には落ちました。
結果だけを見れば、2万時間を使って不合格です。
かなり重い失敗です。
でも、あの時間が全部なくなったわけではありません。
司法試験には落ちた。
でも、狂える自分だけは残りました。
YouTubeを始めた頃は、一日に30本近く動画を作りました。
Xでは、6ヶ月間ほど、一日20時間近く張りついていました。
そして今は、Substackに一日15時間以上、約一か月へばりついています。
学習しろよ、と思います。
旅行もしろ。
デートもしろ。
寝ろ。
酒でも飲んで、少しくらいどうでもよくなれ。
自分でもそう思います。
でも、面白いものを見つけると、また全部そこへ突っ込んでしまう。
僕は努力家というより、たぶん没頭癖があります。
好きだからやる。
でも、好きなことでも苦しい時はあります。
やりたいからやっている。
でも、眠いものは眠い。
不安なものは不安。
結果が出なければ腹も立つ。
「俺、こんなにやってるんだぞ。もう少し見ろよ」
普通に思います。
みっともないです。
でも、本音です。
だから誰かが何かを続けている姿を見ると、その人にも、表では言わない夜があったのかなと勝手に想像してしまう。
そして泣きます。
◆ ロマ子様の40分で、僕はライブ終了後に泣き崩れた
先日、僕のライブ配信にロマ子様が来てくれました。
ロマ子様のことは、Xをやっていた頃から、もう5、6年ほど知っています。
当時はX自体が混沌としていて、正直、そこまで深く見ていませんでした。
でもSubstackに来て、改めて見えました。
ライブをする。
人と関わる。
キャラクターを守る。
弱音も吐く。
それでも続ける。
この人、めちゃくちゃ動いている。
そんなロマ子様が、僕のライブへ来てくれました。
僕みたいな、Substackではまだ出てきたばかりの男のライブです。
少し顔を出して、一言だけ残して帰っても十分です。
むしろ、それが普通です。
でも、ロマ子様は約40分間、そこにいてくれました。
本当に一言一句聞いていたかは分かりません。
ただ、最初に来て、最後に、
「素敵なお話をありがとうございました」
と残してくれた。
ライブを切った瞬間、僕は泣き崩れました。
有名な人が来たからではありません。
もちろん、それもうれしいです。
でも、それ以上に、
「この人は、こうやって一人ひとりへ時間を渡してきたから、今の場所にいるんだ」
と思ったんです。
キャラクターも、認知も、ファンとの関係も、勝手にできたものではない。
誰にも見えない時間を積み重ねて作ってきた。
全部、僕の勝手な想像です。
でも、あの40分を見たら、そう思わずにはいられませんでした。
◆ 売れたからじゃない。「怖いのに出した」から泣いた
まさひろさんが、初めてBrainで商品を販売しようとしている姿を見た時も、泣きました。
初めて自分の商品を売る。
これは、かなり怖いです。
作るのも大変です。
でも、本当に怖いのは売る瞬間です。
「販売します」と言って、誰にも買われなかったらどうしよう。
値段をつけたのに、価値がないと思われたらどうしよう。
批判されたらどうしよう。
笑われたらどうしよう。
出さずに逃げた方が、傷つかずに済みます。
誰にも見せなければ、失敗もしません。
でも、それでは何も変わらない。
まさひろさんは、怖いまま前へ出した。
人生を変えたい。
今より少し良い未来へ行きたい。
たぶん、その気持ちが恐怖を超えたんだと思います。
売れたかどうかだけなら、数字で終わります。
でも僕が見ていたのは、そこではありません。
怖いのに出した。
そこです。
僕は、そういう瞬間に弱いです。
すぐ泣きます。
◆ 華やかな数分間の後ろに、何年もの夜が見えてしまう
羽生結弦さんのような選手が、大舞台で演技をする。
多くの人は、その完成された数分間を見ると思います。
僕も見ます。
でも、その数分間の後ろにある何年もの時間を、勝手に想像してしまいます。
四年に一度。
失敗できない。
期待される。
体が痛い日。
普通なら遊んでいたかもしれない時間。
誰も見ていない練習。
本当の事情は、本人にしか分かりません。
僕が勝手に苦労を盛っている可能性もあります。
それでも、その舞台へ立つまでの時間を考えると、もうダメです。
泣きます。
YOASOBIのikuraさんを見ても、突然現れた才能には見えません。
華やかな声の下に、幼い頃から積み上げた時間がある。
才能の下に埋まっている、誰にも見えない時間を想像して、また泣きます。
◆ 47歳になって、他人の痛みに重ねられる人生が増えた
なぜ最近、さらに泣くようになったのか。
年齢を重ねるほど、他人の人生に重ねられる自分の失敗や痛みが増えたからです。
頑張ったのに報われなかった。
怖くて逃げた。
一度やめた。
それでも戻った。
誰にも見てもらえなかった。
好きなもののために、別の好きなものを後ろへ置いた。
若い頃なら「すごい」で終わったものが、今は、その人がそこへ立つまでの時間まで勝手に見えてしまう。
本当は見えていません。
想像しているだけです。
でも、その想像に自分の経験が重なるから、涙が出るんだと思います。
年齢を重ねるほど、泣く理由が増えたのではありません。
誰かの人生を想像する材料が増えたんです。
◆ 2万時間やって落ちた僕は、「努力は報われる」とは言えない
僕は2万時間以上勉強して、司法試験には落ちました。
だから、
「努力すれば夢はかなう」
なんて簡単には言えません。
努力しても、かなわない夢はあります。
休んだ方がいい時もあります。
何かを後ろへ置く生き方だけが正しいとも思いません。
旅行して、恋愛して、酒を飲んで、だらだらして、穏やかに生きる。
それも立派です。
むしろ僕には足りなかった生き方です。
ただ、誰かが舞台に立っている時、その結果だけを見て簡単に評価したくはない。
成功した人にも、失敗した人にも、その人にしか分からない時間があるかもしれない。
結果だけではなく、そこへ来るまでの道も想像したい。
勝手に。
そして、また泣きたい。
◆ それでも僕は、誰かを泣かせるほど本気で生きたい
47歳。
若くいたい。
恋愛もしたい。
旅行もしたい。
酒も飲みたい。
まだまだ遊びたい。
それでも僕は、また夢へ突っ込んでいます。
そして誰かが怖いまま一歩を出した時、たぶん僕はまた勝手に泣きます。
面倒くさい47歳です。
でも、人の努力を見て泣くだけでは終わりたくありません。
僕もまだ、
「この人、どれだけ本気でやったんだろう」
と、誰かに少しだけ思ってもらえるように生きたい。
そして、泣けるほど誰かの人生を想像できるなら、
僕はまだ、人と一緒に生きていける気がしています。
最後までお読み頂き本当に感謝です。感想を付けてのリスタックをして頂いた方にはリスタックでお返しさせていただきます。



泣き虫だなー。これから歳をとると、もっと涙腺、弱くなるぜ😆
私も涙腺は昔から弱くて…😭😭😭
号泣しちゃうから、映画館で観るのも躊躇しちゃいます。
ただ…ここ数十年、自分のことでは泣いてないかも。
私もよしなりさんを泣かせるくらい頑張ってみようと思いました😁そして、いつか一緒に、感動ものの映画でも観ながら、温かい涙を流しに行きましょうね〜