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では、本題です。
「信用は、小さな約束でできている。」
僕は毎朝5時に、Substackで「おはスタ投稿」をしています。
毎日ひとつテーマを決めて、短い文章と画像を投稿する。
そして朝6時からは、そのテーマをもとに「おはようサブスタ村」というライブ配信を30分ほどやっています。
昨日のテーマは、
信用は、小さな約束でできている。
でした。
最初は、本当にそのままの意味で投稿しました。
「明日連絡します」と言ったら連絡する。
「○時に行きます」と言ったら行く。
何かしてもらったら「ありがとう」と伝える。
頼まれたことを忘れない。
そういう小さなことが何日、何か月、何年と積み重なって、
「あの人なら大丈夫だ」
という信用になる。
たぶん、ここまでは多くの人が、
「確かにそうだよね」
と思う話でしょう。
ところがライブで話し始めたら、僕自身が予想していなかった方向へ話が進んでいきました。
「吉成は信頼できる。でも信用はしていない」
信用という言葉から、ふと「信頼」との違いの話になりました。
僕は昔から、ときどき不思議なことを言われます。
「吉成は信頼できるけど、信用はしていない」
と。
普通、逆じゃないのか?と思いますよね(笑)。
朝のライブを一緒にやっている、うさこ先生にも聞いてみました。
「ちなみに、僕のこと信用していますか?」
すると、
「信用はしていないけれど、信頼はしています」
とのこと。
やっぱり同じでした。
「なんで?」
と聞いたところ、
僕はたまに余計なことも言うし、本人からすると「そこ言う?」みたいな発言もする。
だから完全に心を許して「何をしても安心」という意味では信用していない。
でも、一緒に仕事や活動をしていく相手としては信頼している。
そんな意味でした。
なるほど。
これはなかなか面白い。
そして、そこからもっと面白い疑問が出てきました。
そもそも僕たちは「小さな約束」を守れているのか?
「信用は、小さな約束でできている」
と言うのは簡単です。
でも考えてみてください。
僕たち、小さな約束を結構破っていませんか?
僕は15年以上、自分でビジネスをしたり、起業や副業の相談を受けたりしてきました。
そこで何度も聞いた言葉があります。
「吉成さん、これ頑張ってやります」
でも、やらない。
「明日連絡しますね」
でも、来ない。
「明日の15時までに入金します」
でも、入金されない。
別に悪意があるわけではありません。
たぶん、その瞬間は本当にやろうと思っている。
でも忘れる。
面倒になる。
後回しになる。
そして、これは僕自身も同じです。
「明日からやろう」
「今週こそ続けよう」
「今日はこれを終わらせよう」
そう決めたのに、守れない。
他人との約束だけではありません。
一番破っているのは、自分との約束かもしれない。
小さな約束ほど、実は難しい
大きな契約なら緊張します。
100万円の約束なら忘れない。
大切な商談なら予定表にも書く。
ところが、
「あとで返信します」
「明日やります」
「朝6時に起きます」
みたいな小さな約束は、簡単だからこそ雑になります。
ちなみに、うさこ先生も以前は朝6時のライブに寝坊することが何度かありました(笑)。
二人でやる予定なのに起きない。
僕がライブをしながらLINE通話で起こす。
そのまま参加する。
あるいは、その日は起きず、僕一人でライブ。
最近は強力な目覚まし時計を導入したようなので改善されていますが、これだって立派な「小さな約束違反」です。
もちろん僕も大量にあります。
だから、
信用を失うのは、大事件を起こしたときだけではない。
「まあいいか」で流した小さな約束から少しずつ削れていく。
これは自分への戒めとしても、かなり大事だと思っています。
ところが「迷惑をかけない」という話になった
ライブ中、ある方からこんな趣旨のコメントをいただきました。
「私は、約束を破って人に迷惑だけはかけないようにしたいです」
真面目な方なんだろうなと思いました。
相手のことを考えて、
人に迷惑をかけないようにする。
約束を守る。
とても大切です。
でも、そのコメントを聞いた瞬間、僕は別のことを考えてしまいました。
僕は「人に迷惑をかけないように生きよう」とは、あまり考えていないな。
もっと言えば、
生きていれば、人に迷惑をかけたり、誰かを傷つけたりすることは避けられない
と思っています。
「誰も傷つけない」は、本当に可能なのか?
もちろん、
「今日は誰かを傷つけてやろう」
「迷惑をかけてやろう」
なんて思って生きているわけではありません。
そんなことはしない方がいい。
でも、
誰にも不快な思いをさせない。
誰も傷つけない。
誰にも迷惑をかけない。
これを人生の最優先事項にしたら、かなり苦しくなると思うんです。
何か意見を言えば、反対する人がいる。
何かに挑戦すれば、家族が心配するかもしれない。
誰かの誘いを断れば、その人は寂しく感じるかもしれない。
会社を辞めれば、同僚に仕事が増えるかもしれない。
好きではない人から告白されて断れば、その人は傷つく。
では、
相手が傷つく可能性があるから、全部受け入れなければならないのでしょうか?
それは違いますよね。
告白を断る女性は「人を傷つけている」のか?
たとえば恋愛です。
僕がある女性を本気で好きになったとします。
「好きです。付き合ってください」
と告白する。
相手から、
「ごめんなさい。他に好きな人がいます」
と言われる。
僕は当然傷つきます。
若い頃なら、失恋して何か月も引きずることだってありました。
つまり客観的な結果だけを見れば、
その女性の行動によって僕は傷ついています。
でも、その女性が悪いでしょうか?
もちろん違います。
好きでもないのに、
「傷つけたくないから付き合います」
と言われる方が困ります。
断ることは正当です。
そして相手は、おそらく、
「断ったら吉成は傷つくだろう」
とわかっています。
それでも断る。
ここでわかるのは、
「人を傷つけること」と「悪いこと」は、必ずしも同じではない。
ということです。
傷ついた側が正しい、とも限らない
逆もあります。
「吉成さんって、人を傷つけますよね」
と言われることがあります。
でも、
その言葉を言われた僕が傷ついている可能性もあります(笑)。
すると、
「人を傷つけるあなたはダメ」
と言った人自身が、僕を傷つけている。
もう、わけがわからなくなります。
だから僕は、
「誰も傷つけない人になろう」
という目標自体に、少し無理があると思っています。
人間同士が関われば、摩擦は起きます。
受け取り方も違います。
価値観も違います。
同じ言葉でも、
「ありがとう」と思う人もいれば、
「失礼だ」と感じる人もいる。
だから、相手がどう感じるかを想像することは大切ですが、相手の感情すべてを自分が管理することはできません。
なお、ここで言っているのは「相手が嫌がっても何をしてもいい」という話ではありません。ハラスメントなどは、単純に「相手が傷ついたかどうか」だけで決まるものでもなく、行為の内容や関係性、状況なども含めて考える必要があります。
僕が言いたいのはもっと日常的な話です。
「迷惑をかけない」より「ありがとうを増やす」
だから僕自身は、
「人に迷惑をかけない」
という目標より、
別のことを意識しています。
感謝したら、ちゃんと「ありがとう」と言う。
相手のいいところを見る。
尊敬できるところを探す。
自分が悪かったと思ったら謝る。
約束したなら、できる限り守る。
そして、自分がやりたいことはやる。
結果として誰かが少し不快に思ったり、傷ついたりすることまで、すべて自分の責任として背負わない。
僕には、このくらいの方が生きやすい。
「誰にも迷惑をかけない」より、「迷惑をかけることもあるから、感謝を忘れない」。
この方が、人間らしい気がします。
「協調性がない」と言われてきた
僕は昔から、
親や先生からいろいろ言われるのが、あまり好きではありませんでした。
「人に迷惑をかけるな」
「協調性を持ちなさい」
「周りに合わせなさい」
そんなことを言われる。
でも当時の僕は、
「その説教をされている僕は今、すごく迷惑なんだけど」
と思っていました(笑)。
完全に屁理屈ですね。
でも今考えると、少しだけ本質もあると思っています。
「人に迷惑をかけるな」
という価値観を強く押しつけることで、
逆に相手を苦しめることもある。
「普通はこうする」
「みんなそうしている」
「周りのことを考えろ」
それが強くなりすぎると、
自分の人生なのに、周りの期待を生きる人生
になってしまいます。
「正しい価値観」を他人に押しつけない
昨日のライブは、
「信用は、小さな約束でできている」
という、かなり普通のテーマから始まりました。
ところが話していくうちに、
信用と信頼は違うのか?
僕たちは本当に小さな約束を守れているのか?
自分との約束は?
「迷惑をかけない」は本当に正しいのか?
「人を傷つけない」は可能なのか?
相手が傷ついたら、自分が悪いのか?
と、どんどん話が広がっていきました。
そして最後に僕がたどり着いたのは、
価値観には、絶対的な正解がないことも多い。
という、ごく当たり前のところでした。
「人に迷惑をかけない」
素晴らしい価値観です。
でも、それを最優先にしない僕みたいな人間もいる。
僕はその代わり、
感謝する。
尊敬する。
自分の考えを持つ。
必要なら謝る。
そして、自分の人生を生きる。
こちらを大切にしたい。
どちらが正しいかを決める必要もないと思っています。
信用とは「完璧な人」になることではない
そして、最初の話に戻ります。
信用は、小さな約束でできている。
これは今でもその通りだと思っています。
ただし、
一度も約束を破らない完璧な人間になれ
という意味ではありません。
僕たちは忘れる。
寝坊する。
勘違いする。
失敗する。
誰かを不快にする。
知らないうちに誰かを傷つける。
それでも、
約束を雑に扱わない。
破ったら謝る。
感謝を伝える。
次は直す。
そういう姿勢の積み重ねもまた、信用なのではないでしょうか。
だから僕なら、昨日の言葉に一行付け加えます。
信用は、小さな約束でできている。
でも、人間関係は「一度も間違えないこと」ではなく、間違えたあとにどう向き合うかでできている。
誰にも迷惑をかけない人生なんて、たぶん無理です。
誰も傷つけない人生も、たぶん無理です。
だったら、
恐れて何もしなくなるより、関わる。
動く。
間違える。
謝る。
感謝する。
また一緒に進む。
僕は、そんな方が面白いと思っています。
皆さんはどう思いますか?
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今日も素敵な一日、楽しい一日をお過ごしください。
夢を実業に変えるプロモーター
吉成











