48歳手前で、僕は「縄文」を抱えてインドネシアのTEDxに出た。
人生は劇的には変わらなかった。でも、英語を学び直し、人の親切に触れ、まだ何歳からでも挑戦できるとわかった。
どうも、よしなりです。
2024年の夏、僕はインドネシアのTEDxに出ました。
TEDxKambang Iwak。
登壇名は、Jomon Taro。
テーマは、
日本の縄文時代から見る、現代人の豊かな生き方。
英語で話しました。
こう書くと、少し立派に聞こえるかもしれません。
でも、先に言っておきます。
TEDxに出ても、人生は別に変わりませんでした。
帰国して、友人と普通に酒を飲みました。
そして、
「お疲れ様」
と言われました。
終わりです。
拍子抜けするくらい普通。
でも、なぜかその普通の「お疲れ様」が、妙に心に残っています。
海外で英語でスピーチしても、日常はちゃんと日常の顔をして帰ってくる。
それが、なんかよかったんです。
英語を勉強していたら、TEDxに申し込んでいた
もともと僕は、英語を勉強していました。
TEDのスピーチも教材としてよく見ていました。
英語の勉強にもなる。
話し方の勉強にもなる。
そんな感じで見ていたら、ある日気づきました。
あれ、TEDxって世界中でやってるじゃん。
調べてみると、申し込める。
審査に通れば、登壇できる。
じゃあ、申し込めばいい。
そう思いました。
普通は、英語がうまくなってから海外で話そうとします。
僕は逆です。
先に海外で話す予定を入れて、自分の首を締めました。
人間、締切がないと本気になりません。
僕は何千回も、何万回も練習しました。
だから本番は、そこまで緊張しませんでした。
心配だったのは、英語よりもインドネシアの水と食べ物と治安です。
スピーチより腹の方が怖い。
TEDxに出る男が、本番前に考えていたことがそれです。
まあ、人間そんなものです。
僕が話したのは、未来ではなく縄文だった
僕がTEDxで話したのは、AIでも、不老不死でも、メタバースでもありません。
いや、全部めちゃくちゃ興味あります。
むしろ大好物です。
でも、その時の僕が海外で話したのは、
縄文人の暮らし
でした。
縄文時代は、大規模な戦争の痕跡が少ない時代だと言われています。
自然と共に生きる。
今あるものに目を向ける。
あるものに感謝する。
心と体の健康を大事にする。
僕はそこに、これからの時代に必要なヒントがあると思いました。
未来を語るために、僕は過去を掘った。
土器を掘ったわけではありません。
自分の中に眠っている日本人を、ちょっと掘ったんです。
お金は好きです。でも、それだけでは足りない
最近よく、
土の時代から風の時代へ
みたいなことが言われます。
物の豊かさから、心の豊かさへ。
所有から、つながりへ。
僕も、それはかなり感じています。
もちろん、お金は大事です。
僕はお金を稼ぐのが好きです。
これからも稼ぎたいです。
霞を食って生きる気はありません。
でも、お金のために健康を壊す。
余白をなくす。
人とのつながりを切る。
それは違う。
お金があっても、眠れない。
お金があっても、笑えない。
お金があっても、誰とも乾杯できない。
それは、けっこう寂しい成功です。
僕はそういう成功を、あまり欲しくありません。
縄文人がそんなことを言ったかどうかは知りません。
でも、たぶん夜中にスマホを見ながら、売上グラフでメンタルを削るような生活はしていなかったはずです。
インドネシアで感じたのは、世界の親切だった
インドネシアでは、20人くらいのスタッフの方々にお世話になりました。
みんな本当に親切でした。
日本語を少し話せるスタッフの方もいて、かなり助けてもらいました。
初めての土地。
知らない言葉。
知らない街。
移動中には政治的なデモもあり、死者が出たというニュースも流れていました。
正直、不安もありました。
でも、その不安以上に、人の親切が残っています。
世界は思ったより怖くない。
むしろ、親切でできている部分もある。
もちろん、僕が見たのは世界のほんの一部です。
でも、その一部はたしかに温かかった。
TEDxに出て一番残ったのが、拍手でも肩書きでもなく、人の親切だった。
これは、僕にとってかなり大きかったです。
夜中3時に歩ける国のすごさ
海外に行くと、日本のすごさも見えてきます。
僕は夜中に散歩します。
夜中3時に、普通に街を歩ける。
お酒を飲んだ人が歩いている。
たまに大声で歌っている人もいる。
迷惑な時もあります。
でも、基本的にはそれで命の危険を感じない。
これ、かなりすごいことです。
世界中で、夜中3時に安心して歩ける国がどれほどあるのか。
日本人は、日本の平和さを少し当たり前にしすぎている気がします。
当たり前ではありません。
かなり奇跡です。
そしてその根っこには、縄文から続いているかもしれない、
自然と共に生きる感覚。
奪うより、分かち合う感覚。
今あるものに感謝する感覚。
そういうものが、まだ薄く残っている気がします。
僕は、それを海外で話したかったんだと思います。
未来に進むほど、縄文が必要になる
これからAIはもっと進みます。
病気が減るかもしれない。
老化が遅くなるかもしれない。
人間とAIロボットの境目が曖昧になるかもしれない。
現実とメタバースの差も、小さくなるかもしれない。
僕はそういう未来にワクワクしています。
でも、同時に思うんです。
テクノロジーが進むほど、人間の心は置いていかれやすい。
だからこそ、縄文的な感覚が必要になる。
今あるものに目を向ける。
自然と調和する。
心と体を大事にする。
人とつながる。
遊ぶ。
余白を持つ。
未来に向かうほど、僕たちは古い感覚を取り戻す必要がある。
そんな話を、僕はインドネシアのTEDxでしました。
ちなみに発音は、今の僕の方が100倍うまいです。
当時の自分には言いたい。
もうちょっと発音を磨け。
でも、まあ、よくやったとも思います。
自分なんかが語っていいのか
「自分なんかが語っていいのか」
そう思う人もいるかもしれません。
でも、語っていいかどうかは、他人が決めることではありません。
自分が語りたいかどうかです。
もちろん、人を意図的に傷つけることや、犯罪はだめです。
でも、それ以外なら語ればいい。
批判されるかもしれない。
でも、批判されるということは、届いたということです。
本当に怖いのは、批判されることではありません。
称賛もない。
批判もない。
誰にも届かない。
そっちの方が、僕は怖いです。
僕にとってTEDxは、人生を変える魔法ではありませんでした。
でも、英語を学ぶ理由になった。
日本文化を学び直す理由になった。
海外に行く理由になった。
人の親切に触れる理由になった。
つまり、人生を少し動かす理由にはなったんです。
それで十分じゃないですか。
アラフィフは、人生の終わりではない
僕がこの記事で一番言いたいのは、これです。
何歳からでも、どんなことでも挑戦できる。
アラフィフは、人生の終わりではありません。
むしろ、ここからの方が面白い。
子どもの頃より、知識がある。
経験がある。
少しはお金もある。
失敗しても、まあまあ笑える図太さもある。
だったら、挑戦しない方がもったいない。
英語を学んでもいい。
海外に行ってもいい。
TEDxに申し込んでもいい。
サブスタで夢を語ってもいい。
村を作ってもいい。
メタバースに井戸端会議所を作ってもいい。
ちょっと変なことを始めた方が、人生はだいたい面白くなります。
僕がTEDxに出て、人生が劇的に変わったわけではありません。
でも、英語を学び直し、縄文を調べ直し、インドネシアに行き、人の親切に触れ、自分の言葉で世界に話した。
その経験は、確かに僕の中に残っています。
人生は、いつからでも動かせる。
夢は、何歳からでも高らかに宣言していい。
48歳手前で縄文を抱えてインドネシアに行った男が言うんだから、まあまあ信用してほしい。
少なくとも、家で「もう遅い」と言っているよりは、だいぶ面白い。
よしなりでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
感想付きのリスタックをしていただけましたら、リスタックでお返しさせていただきます。






よしなりさん
なんぼほどエピソードあるんですか!😆笑
面白すぎます!
でもそれと同時にグッと来るものがありました☺️
私はまだまだ怖がってる側の人間なので、こういうお話はとても勇気づけられます。
あえて縄文を選ぶセンスも好きです✨
よしなりさん、アラフィフでも…!かっこいいです✨今年40代に入ります。私も、そんな上を向いた日々を過ごしたいです🙌
縄文…どの時代より長く続いた時代。魅力的ですよね〜🤭