サブスタは、コメント欄で腐らせるには人間が近すぎる。
外から人が来るのを待つより、今いる村人と会って、飲んで、話して、まだ名前のない未来を企んだ方が早い。
どうも、よしなりです。
今日は、今のSubstackでいちばん勿体ないことについて書きます。
結論から言うと、
コメント欄で終わるな。
です。
もちろん、コメントは大事です。
記事を書くことも、リスタックも、いいねも、購読も大事です。
でも今のサブスタで一番もったいないのは、せっかく人とつながっているのに、その関係がコメント欄の中で干物になっていることだと思っています。
「共感しました」
「素敵ですね」
「勉強になりました」
もちろん嬉しい。
僕も言われたら普通にニヤニヤします。
でも、そこで終わるには、今のサブスタは少し人間が近すぎる。
火がつきかけているのに、マッチを眺めて終わっている感じがするんです。
いや、それ燃やそうよ。
焚き火にしようよ。
焼き芋くらい焼こうよ。
僕は、そう思っています。
僕は、楽にネットで完結させたいわけじゃない
ここが、僕の本音です。
たぶん僕は、楽で簡単に、ネット上だけで何かを完結させたいわけではありません。
もちろん、ネットは便利です。
記事を書ける。
コメントできる。
Zoomもできる。
商品も売れる。
遠くの人ともつながれる。
めちゃくちゃありがたいです。
でも、それだけでは少し足りない。
少し面倒くさくても、人と会いたいんです。
移動する。
時間を合わせる。
店を探す。
多少お金も使う。
天気が悪い日もある。
会ってみたら、思ったより話が弾まないこともあるかもしれない。
正直、ネットで完結させた方が楽です。
でも、その楽さだけでは生まれないものがある。
目の前で話す。
表情を見る。
言葉に詰まる瞬間を見る。
笑い方を見る。
記事には書いていない本音を聞く。
その人の奥にある、夢や野心や企み事に触れる。
そこから、
「じゃあ、これ一緒にやってみませんか」
が生まれる。
僕は、そういうことがしたいんだと思います。
きれいに整った成功プランではなくていい。
むしろ、少しぐちゃぐちゃでいい。
一緒に未来に向かって、試行錯誤するような企みがしたい。
これが本音です。
熱狂は落ち着いた。でも、終わったわけじゃない
正直に言うと、今のSubstackはゴールデンウィーク頃の熱狂から少し落ち着いたと思います。
あの頃は、文化祭の準備初日みたいな空気がありました。
模造紙もまだ白い。
ガムテープも新品。
誰も疲れていない。
「なんか、すごいこと始まるんじゃない?」
そんな浮かれ方がありました。
でも今は、少し静かです。
悪い意味ではありません。
むしろ、残るべき人が残っている感じもあります。
ただ一方で、顔ぶれは少し固定化してきました。
コメントする人。
ライブに来る人。
よく見かける人。
村の回覧板を回すメンバーが、だいたい見えてきた。
僕はいまだに、けっこうサブスタに張り付いています。
正直、1日10時間くらい見ている日もあります。
村長というより、もはや村の監視カメラです。
そこまで見ていても、外から人が大量に流れ込んでくる気配を毎日感じるわけではありません。
だから、外部流入をひたすら待つのは、少ししんどい。
雨乞いに近い。
もちろん、いつか雨は降るかもしれません。
でも、空を見上げて口を開けて待っているだけでは、喉が渇きます。
外から雨が降るのを待つより、今いる人と井戸を掘った方が早い。
僕はそう思っています。
もっと投稿するだけでは、たぶん足りない
もちろん、投稿は大事です。
書くことも、交流することも大事です。
でも、少し疲れている人に、
もっと書こう。
もっとコメントしよう。
もっとリスタックしよう。
だけを言うのは、ちょっと酷です。
それは正しい。
でも、正しいだけです。
腕立て伏せしている人に、
「もっと腕立てしよう」
と言っているようなものです。
いや、わかってる。
でも、腕がプルプルなんです。
だから、少し視点を変えたい。
もっと投稿する前に。
もっと交流する前に。
今ある縁を、もう一段だけ現実に近づけてみる。
Zoomで話す。
お茶する。
共同記事を書く。
小さな企画を立てる。
飲む。
歩く。
変なイベントをやる。
別に、いきなり会社を作れと言っているわけではありません。
初対面で法人登記し始めたら怖いです。
そうではなく、
コメント欄で生まれた縁を、現実の約束に変える。
これを意識してもいいのではないかと思っています。
サブスタは、初対面なのに少し再会みたいに会える
他のSNSで、いきなり誰かを誘うのはなかなか難しいです。
Xで少しやり取りしただけの人に、
「今度会いませんか」
と送ったら、まあまあ警戒されます。
Instagramでも同じです。
いきなりDMが来たら、
「何か売られるのかな」
「壺かな」
「副業かな」
と思われることもある。
でも、Substackは少し違います。
記事を読んでいる。
コメントでやり取りしている。
その人の考え方や日常や夢を、少し知っている。
ただのアイコンではなく、少しだけ人間が見えている。
だから、
「今度Zoomで話しませんか」
「近くに来るならお茶しませんか」
「オフ会やるので来ませんか」
が、他のSNSより自然に言いやすい。
サブスタは距離が近い。
近すぎて、たまに村の回覧板みたいになっています。
でも、その近さには価値があります。
サブスタは、初対面なのに、少しだけ再会みたいな顔をして会える場所です。
これは、かなり珍しいと思っています。
会うと、人は急に立体になる
僕自身、Substackを通じてかなりの人に会ってきました。
新たに会った人だけでも、たぶん40人くらいはいます。
リアルでも、Zoomでも、いろんな形で話してきました。
そこで、はっきり思ったことがあります。
会うと、人は急に立体になる。
記事だけだと平面です。
コメントだけだと、まだ薄い。
でも、会うと急に立体になる。
文章では静かに見えるのに、会うとめちゃくちゃ熱がある人。
コメントでは軽やかなのに、本業ではかなり真剣な仕事をしている人。
サブスタでは一部しか出していないけれど、実はすごい実績や特技を持っている人。
「え、それ書いた方がいいですよ」
と思うことが、かなりあります。
本人は普通だと思っている。
でも、聞いているこちらからすると、全然普通じゃない。
むしろ、そこが商品になる。
そこが企画になる。
そこが人を惹きつける。
でも、記事だけでは見えない。
コメント欄だけでは掘れない。
会って話すと、急に出てくる。
まるで、会話の中で地中から温泉が湧くみたいに、
「え、そんなことやってたんですか」
が出てくる。
これが面白いんです。
本人は石ころだと思っているけど、それ宝です
会って話していると、
「この人、もっと商品化できるな」
と思うことがよくあります。
でも、本人は気づいていない。
ノートで稼ぎたい。
Brainを出したい。
コンテンツビジネスをしたい。
そういう気持ちはある。
でも、何を出せばいいかが曖昧。
あるいは、他の人と同じような商品を作ろうとしてしまう。
ここが、かなり勿体ない。
僕が商品を作る時に大事にしているのは、
日本初か、日本一か。
少なくとも、そのくらいの角度を探します。
他と同じものを出すと、結局は価格競争になります。
安くする。
特典をつける。
セールスを強める。
押し売りっぽくなる。
しんどいです。
でも、その人だけの経験や特技や本業や視点を聞いていくと、
「それ、他の人と全然違うじゃないですか」
というものが出てくる。
ただ、それはリアルで話さないと出てこないことが多い。
記事に書いていない。
プロフィールにも書いていない。
本人も価値だと思っていない。
だから埋もれている。
サブスタには、そういう人がたくさんいると思います。
宝の山というより、
宝を持った人たちが、自分でポケットに石ころだと思って入れている
感じです。
いや、それ石ころじゃないですよ。
たぶん売れます。
そう言いたくなる人が、けっこういます。
面白いことをしていたら、結果的に何かが生まれる
最近、ゼロ次会という形で人に会いました。
そこで一番嬉しかったのは、わざわざお金と時間をかけて、僕に会いに来てくれる人がいるということでした。
これは本当にありがたいです。
画面越しの「いいね」も嬉しい。
コメントも嬉しい。
でも、実際に時間を使って会いに来てくれるというのは、また別の重みがあります。
そして、もうひとつ意外だったことがあります。
みんなが思ったほど、ビジネスビジネスしているわけではなかった。
もちろん、何かやりたい気持ちはある。
稼ぎたい気持ちもある。
自分の活動を形にしたい気持ちもある。
でも、それだけではない。
単純に、面白いことをやりたい。
誰かと楽しい企画をしたい。
人生を少し動かしたい。
そういう人が思った以上に多かった。
これは、僕にとってかなり嬉しい気づきでした。
稼ぐために集まる。
だけではなく、
面白いことをしていたら、結果的に何かが生まれる。
こっちの方が自然な気がします。
そして、サブスタはその土壌に向いている気がします。
ネットには書けない話がある
僕は、わりと言いたいことを言っている方だと思います。
でも、それでも書けない話があります。
サブスタの本当の実情。
今後のサブスタの未来。
日本のネットビジネスの近未来。
AIが発展すると何が起きるのか。
こういう話の中には、文字だけで中途半端に書くと伝わらないものがあります。
むしろ、変な人に見える。
いや、すでに多少変な人なのは自覚しています。
でも、変な人にも限度があります。
文章で切り取ると危ない。
でも、顔を見て、背景を話して、流れを説明すると伝わる。
こういう話はあります。
ネットに書けない話は、秘密だから価値があるというより、
文脈ごと渡さないと、意味が変わってしまう。
これに近いです。
だから、会う価値がある。
Zoomでもいい。
少人数でもいい。
オフ会でもいい。
サブスタ村を、画面の中だけで終わらせたくない
僕は、サブスタ村をただの仲良し村で終わらせたいわけではありません。
もちろん、仲良しは大事です。
コメントで笑い合うのもいい。
ライブで雑談するのもいい。
記事を読み合うのもいい。
でも、それだけでは終わらせたくない。
毎月の新宿定例会。
全国47都道府県の飲み歩きツアー。
メタバース上のサブスタ村。
趣味や遊びのサークル。
そして、本気の人とは、世の中に影響を与えるビジネスモデルも作りたい。
少し変な未来に聞こえるかもしれません。
でも、僕は本気でそういうことをやりたい。
リアルでも会い、オンラインでも話し、メタバースでも集まる。
サブスタ村を、記事を置く場所ではなく、
人生が少し動き出す場所
にしたいんです。
このまま続ければ何とかなる、とは限らない
ここで少しだけ耳の痛いことも言います。
交流を楽しむ。
人の記事を読む。
静かに日記を書く。
それも素晴らしい使い方です。
全員がビジネスをしなくてもいい。
全員が商品を作らなくてもいい。
むしろ、これからの時代は、ビジネスより遊びや面白さが大事になる気もしています。
だから、交流だけで満足するのも全然ありです。
でも、もしあなたが、
何かを始めたい。
自分の経験を形にしたい。
誰かと企画を作りたい。
仕事につなげたい。
人生を少し変えたい。
そう思っているなら、
ただ続けるだけでは足りないかもしれません。
少しだけ動かす必要があります。
コメントするだけではなく、声をかける。
記事を書くだけではなく、誰かに相談する。
交流するだけではなく、企画にする。
読むだけではなく、会ってみる。
1ミリでいい。
現実を動かしてみる。
この1ミリが、かなり大きいです。
最後に
今のサブスタで最もやるべきことは、もっと投稿することだけではないと思います。
もっとコメントすることだけでもない。
もっとリスタックすることだけでもない。
もちろん、それらは大事です。
でも、それ以上に、
今ある縁を、現実の約束に変えること。
ここだと思います。
外部流入を待つのもいい。
でも、待つだけでは疲れます。
今すでにつながっている人の中にも、まだ見えていない価値がたくさんあります。
記事だけではわからない。
コメントだけでは見えない。
会って話して、初めて出てくるものがある。
夢。
野心。
企み事。
本業。
特技。
過去の実績。
これからやりたいこと。
そして、ネットには書けない本音。
サブスタは、記事を書く場所で終わらせるには、人間が近すぎる。
だから、コメント欄で終わるのは勿体ない。
無理にオフ会に来なくてもいい。
いきなり誰かに会わなくてもいい。
でも、1ミリでいいから、今ある縁を現実に近づけてみる。
Zoomでもいい。
共同記事でもいい。
小さな企画でもいい。
一言声をかけるだけでもいい。
その1ミリの先に、人生を変えるほどの出会いがあるかもしれません。
僕は、楽にネットで完結させたいんじゃない。
少し面倒くさくても、人と会いたい。
一緒に未来に向かって、試行錯誤したい。
きれいな正解ではなく、ちょっと怪しくて、面白くて、まだ名前のついていない企みをしたい。
サブスタ村は、画面の中だけの村で終わらせるには、少しもったいない。
いや、もったいないどころではない。
こんなに近くに人がいるのに、画面の中だけで終わるなんて、かなり贅沢な無駄遣いです。
僕は、この村を画面の中で終わらせる気がありません。
よしなりでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。コメント付きのリスタックをしていただいた方にはリスタックでお返しさせていただきます。






