人生が圧倒的に楽しくなる、たった一つの考え方
「しなきゃ」を捨てる。人生は、義務で耐えるものではなく、自分で選んで遊ぶものだ。
子どもの頃、僕の周りには「しなきゃ」が山ほどありました。
学校に行かなきゃ。
プールに入らなきゃ。
ご飯を全部食べなきゃ。
親の言うことを聞かなきゃ。
時間どおりに起きなきゃ。
子どもは自由だと言われます。
実際には、朝から晩まで小さな命令に囲まれています。
僕は早い段階で、その命令を疑いました。
学校へ行きたくないなら、行かないという選択肢もある。
プールへ入りたくないなら、なぜ入りたくないのかを考える。
お腹がいっぱいなら、ご飯を残す。
親の言うことに納得できないなら、その理由を聞く。
親や先生から見れば、かなり面倒な子どもだったと思います。
僕から見れば、理由のない「しなきゃ」に従いたくなかっただけです。
そして、いくつかの「しなきゃ」を手放した時、人生が急に軽くなりました。
僕を縛っていたのは、法律でも鎖でもありません。
頭の中に住みついた「しなきゃ」でした。
「働かなきゃ」は、本当ですか
大人になると、「しなきゃ」はさらに増えます。
大学へ行かなきゃ。
就職しなきゃ。
正社員にならなきゃ。
真面目に働かなきゃ。
結婚しなきゃ。
家族のために頑張らなきゃ。
お金を稼がなきゃ。
こうして、人生のほぼ全部が宿題になります。
たとえば、
「働かなきゃ」
と思っている人がいます。
なぜ働くのでしょうか。
生活費が必要だから。
では、何のために生活するのでしょうか。
少しでも安心して、楽しく、自分のやりたいことをするためではないでしょうか。
そう考えると、
「働かなきゃ」は、
「自分の生活を良くするために働きたい」
へ変わります。
同じ仕事でも、意味が変わります。
誰かに背中を押されて歩くのではなく、自分で行き先を決められるからです。
毎朝、
「この会社へ行かなきゃ」
と苦しんでいるなら、一度考えた方がいい。
本当に、その会社でなければならないのでしょうか。
早起きが苦痛なら、昼から働ける仕事もあります。
満員電車が嫌なら、在宅でできる仕事もあります。
会社員が合わないなら、小さな商売やフリーランスという道もあります。
「会社を辞めるわけにはいかない」
なぜでしょうか。
会社は一社しかありませんか。
仕事は一種類しかありませんか。
正社員でなければ、人間として失格になるのでしょうか。
「保証が欲しい」と言う人もいます。
会社が倒産しない保証。
病気にならない保証。
給料が下がらない保証。
そんなものは、最初からどこにもありません。
保証という名前の毛布を握りしめながら、毎朝苦しむ人生が、本当に安全なのでしょうか。
相手がいないのに、「結婚しなきゃ」
「そろそろ結婚しなきゃ」
という言葉も、よく聞きます。
少し不思議です。
結婚したい相手がいるなら分かります。
その人と暮らしたい。
家族になりたい。
一緒に歳を重ねたい。
それなら、結婚したい。
一方で、相手もいないのに、
「結婚しなきゃ」
と思っている人がいます。
何と結婚するのでしょうか。
「結婚」という二文字でしょうか。
親がうるさいから。
友達がみんな結婚したから。
独身だと変な目で見られそうだから。
老後が不安だから。
それは、本当に結婚したいのでしょうか。
親から小言を言われたくないなら、必要なのは結婚相手ではありません。
親との距離の取り方です。
他人の目が怖いなら、必要なのは配偶者ではありません。
他人の目を気にしすぎない練習です。
寂しいなら、友達や仲間やコミュニティでもいい。
結婚したい人は、すればいい。
したくない人は、しなくていい。
まだ決めたくない人は、決めなくていい。
「しなきゃ」で相手を探すと、目の前の人ではなく、自分の不安を消してくれる人を探し始めます。
選ばれた側も、たまったものではありません。
「優しくしなきゃ」で、心の中が腐っていく
僕がバカバカしいと思う「しなきゃ」の一つが、
「人には優しくしなきゃ」
です。
大切にしたい人には、優しくしたい。
困っている人がいたら、助けたい。
これは自然です。
一方で、自分を雑に扱う人にも、笑顔でいなければならないのでしょうか。
失礼な人にも、我慢して優しくし続ける必要があるのでしょうか。
親だから。
上司だから。
年上だから。
女性だから。
男性だから。
肩書きだけで、自分を差し出す必要はありません。
優しさは義務ではなく、選択です。
「優しくしなきゃ」と我慢を続けて、心の中で相手を嫌いになっているなら、その優しさは少し腐っています。
断る。
距離を取る。
言いたいことを言う。
時には怒る。
それも、自分と相手を雑に扱わないための行動です。
真面目に生きなきゃ。
良い人でいなきゃ。
嫌われないようにしなきゃ。
この三点セットを握りしめると、周りからは立派な人に見えます。
本人の中身は、だいたい疲れています。
全員が「家族のため」に頑張り、全員つらい
相談を受けていると、
「家族のために頑張らなきゃ」
という言葉をよく聞きます。
家族を大切にすることは素晴らしい。
ただ、その頑張りは、本当に家族が望んでいることでしょうか。
父親が家族のために働き続け、毎日疲れ切って会話がない。
母親が子どものために我慢を続け、いつも機嫌が悪い。
子どもが親の期待に応えるために勉強し続け、自分が何をしたいのか見えなくなる。
全員が「家族のため」に頑張っている。
なぜか全員つらい。
少し変です。
「家族のために頑張らなきゃ」を、
「この家族と楽しく暮らしたい」
へ変えてみる。
すると、働く時間も、会話も、お金の使い方も変わります。
頑張ることが目的ではありません。
家族と良い時間を過ごすことが目的です。
目的地を忘れたまま、全力疾走する必要はありません。
「しなきゃ」を捨てたら、何者にもなれないのか
「そんな生き方では、何も成し遂げられない」
と思う人もいるかもしれません。
僕は、そうは思いません。
僕は、大学へ行かなきゃ、就職しなきゃ、司法書士として働かなきゃ、普通の人生を歩かなきゃ、という考えを手放してきました。
司法書士資格を取っても、司法書士として生き続けませんでした。
会社員として安定する道にも進みませんでした。
その代わり、自分で発信し、YouTubeやXで多くの人に届け、海外のTEDxで英語のスピーチをし、48歳の今も新しい企画や事業を始めています。
これは、僕が特別だからではありません。
「これしかない」と思わなかったからです。
道が一本しかないと思えば、そこを歩くしかありません。
道は何本もあると思えば、迷う自由も、戻る自由も、別の道へ飛び移る自由も生まれます。
「しなきゃ」を捨てることは、何もしないことではありません。
自分で選んだことへ、思い切り力を使うことです。
僕には、ほとんど「しなきゃ」がない
今の僕は、
英語を勉強しなきゃ。
記事を書かなきゃ。
仕事をしなきゃ。
稼がなきゃ。
とは考えません。
英語を話せるようになりたいから、少しでも学びたい。
伝えたいことがあるから、記事を書きたい。
面白い企みを形にしたいから、仕事をしたい。
行きたい場所や、やりたいことがあるから、お金を稼ぎたい。
外から見れば、同じ行動かもしれません。
中身はまるで違います。
「しなきゃ」は、後ろからムチで追われて走る感覚です。
「したい」は、自分で目的地を決めて走る感覚です。
勉強しない日があってもいい。
記事を書かない日があってもいい。
休んでもいい。
方向を変えてもいい。
その余裕があるから、またやりたくなります。
人は、鍵のかかった部屋に入れられると逃げたくなります。
同じ部屋でも、ドアが開いていると意外と落ち着いて過ごせます。
人生も同じです。
僕が強く「したい」と思うのは、健康でいることです。
まだ遊びたい。
恋愛もしたい。
旅行もしたい。
仕事もしたい。
未来も見たい。
だから運動したい。
食事も考えたい。
きちんと眠りたい。
健康は、立派な人間になるための宿題ではありません。
人生を長く遊ぶための道具です。
今日、その「しなきゃ」を捨てなくてもいい
この記事を読んで、明日会社を辞める必要はありません。
結婚生活を終わらせる必要も、家事を放棄する必要もありません。
今までどおり続けてもいい。
大切なのは、
いつでも手放せると知っていることです。
本当は選べるのに、
「これしかない」
と思い込んだ瞬間、人生は牢屋になります。
多くの牢屋には、鍵などかかっていません。
本人が、まだドアを押していないだけです。
「しなきゃ」と思った時、一度だけ自分に聞いてみてください。
本当に、しなければならないのか。
誰に言われたのか。
やめたら、実際には何が起きるのか。
その答えを考えるだけで、頭の中の鎖が一本外れます。
僕にとって楽しい人生とは、毎日ワクワクしながら未来へ向かうことです。
新しいことを学ぶ。
行動する。
挑戦する。
始めるのも自由。
やめるのも自由。
今日の選択を、明日変えてもいい。
人生は「しなきゃ」で耐えるゲームではありません。
やるも、やらぬも自由自在。
自分で選びながら、遊ぶゲームです。
追伸
ただいま、30分で夢を仕事に変える個別相談を受け付けています。
「これ、自分の夢や経験も仕事になるのかな」
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村長が、あなたの中にある仕事の種を一緒に見ます。
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よしなり村長こんばんは
元気になれる記事ですね。
これで、ぐっと明日も頑張れる?楽しめる気がします。^_^
むちゃくちゃわかります!
わたしは介護職歴15年、
いわゆるベテラン介護士の部類にはいります。
でも、かぞくの介護を手放した瞬間
ものすごく気持ちが楽になりました。
父の危篤状態が長らく続いた際、
大好きなアーティストの復活LIVE
チケットと睨めっこ
父ならなんていう?
最期に立ち会えなのと、
二度とないかもしれないLIVE
じぶんが後悔しないのはどっち?
わたしはLIVEを選びました
父の性格を受け継いだ問題児
そんなコトを思い出しました!
じぶんで選べる人生にしたいです( •̀ᴗ•́ )/