無料で感謝される人と、お金を払って頼まれる人の差。
いい人は応援される。 でも、仕事になる人は頼まれる。
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サブスタ村には、いい人が多い
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サブスタ村には、いい人が多い。
これは本当に思う。
人の記事を読む。
コメントをする。
誰かの夢を笑わずに聞く。
まだ知り合って間もない人の挑戦にも、自然に「いいですね」と言える。
Xの荒野を長く歩いてきた僕からすると、サブスタ村はたまに「ここ、無料の炊き出し村ですか?」と思うくらい温かい。
でも最近、ひとつだけ思うことがある。
いい人は多い。
でも、その優しさや才能が、仕事になっていない人も多い。
これは悪口ではない。
むしろ、もったいないという話だ。
人柄はいい。
文章もやさしい。
誰かを応援する気持ちもある。
夢もある。
想いもある。
でも、なぜか仕事にはならない。
「ありがとうございます」は言われる。
「助かりました」も言われる。
「本当にいい人ですね」も言われる。
でも、申し込みは来ない。
商品は売れない。
お金にはならない。
この差は、けっこう大きい。
無料で感謝される人と、お金を払って頼まれる人は、似ているようで全然違う。
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僕も、無料の味噌汁屋だった
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偉そうに言っているけれど、これは僕自身にもかなり身に覚えがある。
僕は昔から、人に感謝されること自体はわりと好きだった。
無料で何かをして「ありがとう」と言われる。
それはそれで嬉しい。
だから、無料でやりすぎてモヤっとした、みたいな感覚はあまりなかった。
でも、今になって思う。
それ、本当は有料でもよかったんじゃないか。
たとえば今、僕がサブスタで書いている「サブスタを伸ばす方法」みたいな話もそうだ。
これは本来、有料でも全然いいと思っている。
正直に言うと、そこらへんの有料のサブスタ教科書より、100倍くらい価値があると思っている。
これは一般論ではない。
僕が1日15時間以上、1ヶ月以上、ほぼサブスタに張りついて、身を削って得た体感だからだ。
寝ても覚めてもサブスタ。
もはや村長というより、サブスタに住み着いた地縛霊である。
でも、その地縛霊が見たものには価値がある。
何に人が反応するのか。
どんな記事が読まれるのか。
どんなコメントが関係を作るのか。
どこで人は離れるのか。
どうすれば「この人をもっと読みたい」と思われるのか。
これは、机の上で考えたノウハウではない。
実際に泥の中を歩いて、足の裏についた感覚だ。
でも昔の僕は、自分が当たり前にできることに、お金をもらっていいのか、よくわかっていなかった。
自分にとって普通にできることは、他人にとっても普通だと思っていた。
ここが、かなり大きな勘違いだった。
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3900円の僕と、数十万円の誰か
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昔、Xのコンサルをしていたことがある。
当時の僕は、Xについて誰よりも知っているくらいの自信があった。
でも、価格は1回3900円。
いわゆる「サンキュー価格」みたいなものだ。
かわいい。
今思うと、値段だけが妙にかわいい。
ある時、相談者本人から聞いた。
その人は、すでに別のX運用系のサービスに、何十万円も払っていた。
それでもうまくいかず、悩んでいた。
その瞬間、正直に思った。
もっと早く僕に相談してくれればよかったのに。
残念だった。
少しかわいそうでもあった。
そして、かなり生々しく思った。
俺の方がわかっているのに。
性格が悪いと思われるかもしれないけれど、これは本音だ。
僕の方が見えていたと思う。
僕の方が、現場の温度も、伸ばし方も、落とし穴もわかっていたと思う。
でも、現実には、僕は3900円だった。
別の誰かには、数十万円が払われていた。
3900円の僕の横を、数十万円の請求書が堂々と通過していった。
あれはなかなか味わい深かった。
でも、そこで大事なことを学んだ。
相手が悪かったわけではない。
僕が、自分の価値を3900円に見える形で出していた。
頼む理由ではなく、安く相談できる理由を差し出していた。
もっと言えば、僕は自分が誰に何を提供できるのかを、広く、強く、何度でも伝える力が足りなかった。
価値がなかったわけではない。
価値の見せ方が安かった。
ここは、けっこう痛かった。
でも、この痛みは大事だった。
なぜなら、いい人で終わる人の多くは、たぶんここで止まっているからだ。
価値がないのではない。
価値を見せていない。
価値を言葉にしていない。
価値を届けることに、まだ貪欲になれていない。
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お金をもらう怖さの正体
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いい人が仕事にならない理由は、たぶんここにある。
お金の話をすると、人が離れると思っている。
「ここからは有料です」と言ったら嫌われるんじゃないか。
「結局、お金なんですね」と思われるんじゃないか。
「急にゼニゲバの顔を出してきたな」と思われるんじゃないか。
怖い。
これはかなりわかる。
僕も、価格に見合う価値を出せる自信がない時は、お金をもらうことが少し悪いことのように感じたことがある。
でも、これは逆に言えば、答えははっきりしている。
お金をもらうことが悪いのではない。
その金額に見合う価値を出せる自信がないことが苦しいのだ。
だったら、やることは値下げではない。
価値を上げること。
そして、その価値を言葉にすること。
ここから逃げてはいけない。
1万円をもらうなら、1万円では安すぎると思える価値を作る。
10万円をもらうなら、10万円では安すぎる未来を作る。
100万円をもらうなら、その人が半年以内に回収できるだけの設計をする。
そういう自信があるなら、お金をもらっていい。
むしろ、ちゃんともらった方がいい。
なぜなら、高いお金を払う人ほど、真剣だからだ。
僕は50万円以上のお金をいただいてコンサルをしたこともある。
その時に感じたのは、数十万円、あるいは100万円以上のお金を払う人は、やっぱり本気だということだ。
本気の人と向き合うには、こちらも本気になる。
無料の相談では起きない緊張感がある。
お金は、相手を騙す道具ではない。
本気の人同士が、ちゃんと向き合うための覚悟の札でもある。
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価格は、未来につく
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身近な例でいうと、うさちゃんの施術はすごくわかりやすい。
リラクゼーションサロンの相場で言えば、1時間6000円とか、1万円くらいかもしれない。
施術歴20年以上のゴッドハンドと言われる人でも、1時間15000円くらいの人は多いと思う。
でも、うさちゃんは1時間で5万円以上いただいている。
しかも、お客さんは喜んで払っている。
ここが大事だと思う。
価格は、ただの時間給ではない。
1時間いくら、90分いくら、という話だけではない。
来た時は、元気がない。
表情も重い。
自信も少ししぼんでいる。
でも、帰る時には顔が違う。
少し背筋が伸びている。
目に力が戻っている。
未来に希望を持てたような表情になっている。
それを見た時に思った。
うさちゃんが提供しているのは、ただの体のケアだけではない。
未来だ。
男性の体の健康と一緒に、「まだ自分は大丈夫かもしれない」という未来を渡している。
だから、お金が払われる。
高価格のお金を取れる人は、今の問題を解決するだけの人ではない。
その人の未来を、具体的に描ける人なのだと思う。
ここに、仕事の本質がある。
人は作業時間にお金を払っているようで、本当は未来の変化にお金を払っている。
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いい人は応援される。仕事になる人は頼まれる
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夢を仕事にしたいなら、「私はいい人です」だけでは足りない。
もちろん、いい人なのは大事だ。
信頼される。
応援される。
嫌われにくい。
でも、仕事になるには、もう一歩いる。
この人に頼むと、自分の未来がどう変わるのか。
ここまで伝わっている必要がある。
「相談に乗ります」では弱い。
何の相談なのか。
誰の相談なのか。
相談した後、その人はどう変わるのか。
「応援します」だけでも弱い。
どう応援するのか。
何を整理するのか。
どこまで現実に近づけるのか。
「夢を聞きます」だけでも、まだ足りない。
その夢をどう言葉にするのか。
どう商品にするのか。
どう人に届けるのか。
どう最初のお客さんにつなげるのか。
ここまで言えた時、人は初めて思う。
この人に頼みたい。
つまり、こういうことだ。
いい人は、応援される。
でも、仕事になる人は、頼まれる。
この差は大きい。
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あなたは、無料の味噌汁で満足していないか
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少しだけ、嫌な問いを置きたい。
あなたは今、無料で感謝されたいのか。
それとも、お金を払ってでも頼まれる人になりたいのか。
もう少し嫌な言い方をするなら、
今日も、無料の味噌汁を配って満足していないか。
もちろん、無料の味噌汁が悪いわけではない。
人に喜ばれるのは素晴らしい。
誰かを助けるのも素晴らしい。
見返りを求めずに動けるのも素晴らしい。
でも、それだけで自分が疲れていくなら、少し考えた方がいい。
その優しさは、本当は仕事になるかもしれない。
その経験は、誰かの未来を変えるかもしれない。
その当たり前は、他人にとってはお金を払ってでも欲しいものかもしれない。
自分の価値を、最初に安く見積もっているのは、自分自身かもしれない。
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夢を、夢のままで終わらせたくない
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僕は、この記事を書くことに怖さはあまりない。
むしろ、サブスタ村の人たちには、いい人だけで終わってほしくないと思っている。
どんどん稼いでほしい。
ただし、ただお金を稼げばいいとは思っていない。
ちゃんと価値を提供してほしい。
相手の未来を変えてほしい。
その価格に見合うものを、自分で作り上げてほしい。
僕はこれから、サブスタ村でみんなの夢を聞きたい。
でも、それだけで終わらせたくない。
夢を語って終わり。
コメントで盛り上がって終わり。
「いいですね」で終わり。
それも温かい。
でも、少しもったいない。
できることなら、その夢を仕事にしたい。
商品にしたい。
イベントにしたい。
必要な人に届く形にしたい。
村長が急に電卓を持ち出したように見えるかもしれない。
でも、これは夢を汚したいわけではない。
夢を、夢のままで終わらせたくないだけだ。
お金は、夢を汚すものではない。
夢を続けるための燃料でもある。
サブスタ村が、ただの「いい人たちの村」で終わるのは少し寂しい。
いい人たちが、自分の価値を言葉にして、誰かの未来を変えて、ちゃんとお金も受け取れる村になったら面白い。
夢を語る村から、夢を動かす村へ。
そしてできれば、夢をお金に変える村へ。
少し大げさに言えば、僕はこれから、錬金術師の村長みたいなことをやりたいのかもしれない。
夢を金に変える。
と言うと、少し怪しい。
村の入口に水晶玉と高額講座の申込書が置いてありそうで怖い。
でも本当は、そういう話ではない。
その人が持っている経験。
好きなこと。
得意なこと。
人に喜ばれてきたこと。
自分では当たり前だと思っていた価値。
それを見つけて、言葉にして、必要な人に届く形にする。
それが、夢をお金に変えるということだと思う。
最後に、静かに本音を言う。
僕は、サブスタ村の人たちに、いい人のまま小さくまとまってほしくない。
いい人のまま、貧しくなってほしくない。
夢を語れる人には、夢を続けるだけの燃料も持ってほしい。
優しさを売れと言いたいんじゃない。
優しさが誰かの未来を変えるなら、その価値をちゃんと受け取っていいと言いたい。
無料で感謝される人から、
お金を払って頼まれる人へ。
その一歩は、いやらしい一歩ではない。
自分の価値と、相手の未来に、ちゃんと責任を持つ一歩だと思う。
最後までお読みいただきありがとうございます。コメント付きのリスタックをしていただいた方にはリスタックでお返しさせていただきます。







無料の味噌汁すら配れてない気がしますが、自分の価値は高めたいって思います!
涙がでてきました。誰かに喜んでいただきたいが強過ぎて、自分の首を締め付けてきました。
いい人は、応援される。
でも、仕事になる人は、頼まれる。
身に染みてます。