サブスタで応援される人は、夢と努力が見えている。
完成した人より、まだ途中の人の方が応援される。 人は成功そのものより、「そこへ向かっている姿」に心を動かされる。
応援されたい。普通に。
正直に言います。
僕は、応援されたいです。
「よしなりさん、それ面白いですね」
「やってみてください」
「応援してます」
「行けるところまで行ってください」
そう言われたら、普通に嬉しい。
47歳になっても嬉しい。
むしろ47歳だからこそ、応援が沁みます。
若い頃の応援は、「これからだね」という感じがあります。
でも47歳の応援は少し違う。
「まだやるの?」
「まだ諦めてないの?」
「まだ遊び足りないの?」
そういう無言の圧をくぐったあとに届く応援です。
これは効きます。
栄養ドリンクより効くかもしれません。
たぶん。
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サブスタ村、思ったより難しい。
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最近、僕はサブスタ村を作ろうとしています。
サブスタで出会った人たちが、記事やコメントだけで終わらず、ライブで話したり、Robloxの村で集まったり、リアルの飲み会やお茶会で会ったりできる場所。
オンラインの縁を、リアルな企み事や仕事や遊びにつなげたい。
かなり本気です。
ただ、やってみると分かります。
村を作るって、思ったより難しい。
「サブスタ村に来てください」と言えば人が来るほど甘くない。
Robloxの空間を作ったからといって、みんなが勝手に集まり、勝手に仲良くなり、勝手に盛り上がり、勝手にマネタイズが起きるわけではありません。
そんな夢の村があったら、僕が先に住みたいです。
現実はもっと地味です。
リンクが分かりづらい。
Robloxのアカウントを作ってもらう必要がある。
入っても何をすればいいか分からない。
人が少ないと、ただの無人村になる。
村長だけが張り切っていると、少し切ない。
「サブスタ村、開村しました!」
と言って誰もいなかったら、それはもう村ではありません。
ただの更地です。
しかも、村長が一人で更地に立っている。
なかなか味があります。
できれば避けたい景色です。
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夢だけだと、ちょっと浮く。
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サブスタで応援される人には、たぶん共通点があります。
それは、
夢と努力の両方が見えていること。
まず、夢は必要です。
「サブスタ村を作りたい」
「人生後半をもっと面白くしたい」
「オンラインの縁をリアルにつなげたい」
「人と人がつながる場所を作りたい」
こういう言葉があるから、人は、
「あ、この人はあっちへ向かっているんだ」
と分かります。
夢は旗です。
旗があるから、応援する方向が分かる。
ただし、夢だけだと弱い。
「すごい場を作ります」
「人生後半を変えます」
「みんながつながる場所にします」
言葉としては綺麗です。
でも、読む人はたぶん思います。
で、実際に何してるの?
ここです。
夢だけを語って、手が動いていないと、少しふわっと見える。
「この人、本当にやるのかな」
「来月には別のこと言ってるんじゃないかな」
「また新しい構想が生まれて、前の村は廃村かな」
そう思われる。
夢は旗です。
でも、旗だけ立てても村はできません。
旗の下に、杭を打つ人がいる。
道を作る人がいる。
看板を書く人がいる。
来た人に「こっちですよ」と案内する人がいる。
つまり、夢には作業が必要です。
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努力だけだと、ちょっと重い。
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逆に、努力だけを見せても応援されるとは限りません。
「今日も頑張りました」
「寝ずに作業しました」
「毎日投稿しています」
「こんなに大変でした」
もちろん努力は大事です。
口だけの人より、動いている人の方が信用できます。
でも、努力だけを見せられると、読む側が少し疲れることがあります。
なぜか。
どこへ向かっている努力なのかが見えないからです。
努力には方向が必要です。
ただ頑張っているだけだと、応援する側は、
「頑張ってください」
くらいしか言えません。
でも、
「この人はサブスタ村を作りたいんだ」
「そのために毎日コメントしているんだ」
「ライブをしているんだ」
「Robloxに人を呼ぼうとしているんだ」
「オフ会もやっているんだ」
「失敗したことも記事にしているんだ」
ここまで見えると、努力の意味が分かる。
すると、応援しやすくなる。
人は、努力の量だけを見て応援するわけではありません。
その努力が、どんな未来につながっているのかを見ている。
たぶん、ここが大事です。
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夢と努力が同時に見えると、人は応援したくなる。
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僕なりの結論はこれです。
応援される人は、夢と努力が同時に見えている人です。
夢だけだと、ふわっとする。
努力だけだと、重くなる。
でも、夢と努力が同時に見えると、人は応援しやすくなる。
「この人は、こういう未来を作りたいんだ」
が見えていて、
「そのために、今日もちゃんと動いているんだ」
が見える。
すると、
「あ、この人、本当に作ろうとしているんだ」
となる。
たとえば僕なら、夢はサブスタ村を作ること。
オンラインの縁を、リアルな出会いや仕事や企画や遊びにつなげること。
でも、これだけならただの妄想です。
下手すると、
「吉成さん、また何か言ってるな」
で終わります。
実際、僕自身もたまに思います。
また何か言ってるな、と。
でも、そこに行動が乗ると変わります。
毎日投稿する。
コメントする。
ライブをする。
Robloxに人を案内する。
リンクが分かりづらいと悩む。
ボスに相談する。
テーマ会を作る。
「何を発信すればいいかわからない人のための公開井戸端会議」をやってみる。
こういう動きが見えると、ただの夢ではなくなる。
公開実験になる。
人は、完成品だけを応援するわけではありません。
むしろ完成品は、眺めるものです。
応援したくなるのは、途中の人です。
まだできていない。
まだ迷っている。
まだ失敗している。
でも、諦めずに手を動かしている。
そういう人を見ると、
「もう少し見ていたい」
「ちょっと手伝いたい」
「この人がどうなるか知りたい」
と思う。
サブスタで応援される人は、たぶんこれです。
すごい人ではない。
途中が見えている人です。
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途中を見せるのは、恥ずかしい。
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ただ、途中経過を見せるのは簡単ではありません。
かなり恥ずかしいです。
完成したものを見せる方が楽です。
完成品なら、見栄えを整えられる。
失敗した部分を隠せる。
「最初から分かってました」
みたいな顔もできます。
でも、途中経過はごまかせません。
迷っているところが見える。
うまくいっていないところが見える。
焦っているところが見える。
人が来ないかもしれない不安も見える。
導線がぐちゃぐちゃなこともバレる。
村長なのに、村の入り口が分かりづらい。
これはなかなかです。
村長が道に迷わせてどうするんだ、という話です。
でも、そこを見せるから、人が入ってこられるのだと思います。
完璧な人には、コメントしづらい。
完璧な企画には、口を出しづらい。
完璧な村には、ただ入場するだけになる。
でも、
「まだ作ってます」
「ここが分からないです」
「どうしたらいいですか」
「一緒に考えてください」
と言われると、人は関われる。
ここが大事です。
サブスタでは、完成品だけを見せるより、未完成の設計図を見せる方が強い時がある。
読者が観客ではなく、参加者になれるからです。
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弱さではなく、向かう先を見せる。
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ここで一つ、誤解したくないことがあります。
途中を見せる。
失敗を見せる。
迷いを見せる。
そう言うと、
「弱さを見せれば応援される」
と思う人もいるかもしれません。
でも、それは少し違う気がします。
弱さだけを見せても、応援にはなりにくい。
むしろ、読む人がしんどくなることもあります。
大事なのは、弱さそのものではありません。
弱さを抱えながら、どこへ向かっているのか。
ここです。
「つらいです」
だけで終わると、読者は受け止めるしかありません。
でも、
「つらいです。でも、こういう場所を作りたいから、今日はこれを試してみます」
になると、応援しやすい。
「不安です」
だけだと、そこで止まります。
でも、
「不安です。でも、今夜一回やってみます」
になると、人は見届けたくなる。
弱さは、旗ではありません。
弱さは、人間味です。
旗になるのは夢です。
その旗の下で実際に動くのが努力です。
夢がある。
努力がある。
でも完璧ではなく、人間くさい。
だから応援される。
きれいに整った先生より、
「すみません、まだ途中です。でも本気です」
と言える人の方が近く感じる。
完成された成功者より、
「まだ作ってます。見ててください」
と言える人の方が、関わりたくなる。
僕自身も、そっちでいたいです。
もちろん、かっこよく見られたい気持ちもあります。
あります。
かなりあります。
でも現実は、だいたい散らかっています。
だからもう、散らかったまま出すしかない。
その代わり、夢と努力だけは見えるようにしたい。
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応援される人は、応援の入口を作っている。
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応援される人には、もう一つ特徴があると思います。
それは、
何を応援すればいいかが分かること。
「頑張っています」
だけだと、読者は何をすればいいか分かりません。
でも、
「サブスタ村を作っています」
「今夜、発信テーマを一緒に見つける会をやります」
「Robloxのアカウントを作っておいてください」
「コメントでテーマの悩みを教えてください」
ここまで言うと、応援の仕方が見えます。
見に行けばいいのか。
コメントすればいいのか。
リスタックすればいいのか。
参加すればいいのか。
友達を誘えばいいのか。
読者が動きやすくなる。
応援は、気持ちだけではなく行動でもあります。
でも、行動してもらうには入口が必要です。
「見守ってください」
「コメントください」
「来てください」
「一緒に考えてください」
「この村を一緒に作ってください」
そうやって、読者が関われる余白を作る。
夢と努力が見えているだけでなく、応援の参加口がある。
これがあると、さらに強い。
心の中で「応援してほしいな」と思っているだけでは、誰も分かりません。
47歳にもなって、察してほしいおじさんになってはいけない。
いや、なりがちですが。
ちゃんとお願いする。
これも大事です。
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最後に:あなたの夢と努力は、見えていますか?
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サブスタで応援される人は、すごい人ではないと思います。
文章が完璧な人でもない。
実績が全部そろっている人でもない。
迷いがない人でもない。
むしろ、迷っていていい。
未完成でいい。
失敗していていい。
ただし、
どこへ向かっているのか。
そして、
そのために今日、何を積み上げているのか。
これは見えていた方がいい。
夢だけでは、少し浮く。
努力だけでは、少し重い。
でも、夢と努力が同時に見えると、人は応援しやすくなる。
「あ、この人は本当にそこへ向かっているんだ」
「まだ途中だけど、動いているんだ」
「ちょっと見ていたい」
「少し手伝いたい」
「コメントしてみたい」
そう思える。
応援される人になるには、完璧になる必要はありません。
むしろ、完璧になるまで隠していたら、誰も応援できません。
途中を出す。
夢を出す。
努力を出す。
迷いも少し出す。
読んでくれた人が関われる入口を作る。
僕自身、まだまだ途中です。
サブスタ村も、Robloxも、オフ会も、ポッドキャストも、人生後半の再起も、できるだけ途中から見せていきます。
完成した成功者としてではなく、
まだ途中だけど、本気で何かを作ろうとしている47歳として。
あなたは今、何を作ろうとしていますか?
どんな夢がありますか?
そのために、今日どんな小さな努力をしていますか?
立派なことじゃなくて大丈夫です。
まだ言葉になっていなくても大丈夫です。
よかったらコメントで教えてください。
夢と努力は、見せた瞬間から、誰かの応援が入り込む余白になります。
僕はそう信じて、今日もサブスタ村を少しずつ作っていきます。
最後までお読みいただきありがとうございます。
コメント付きのリスタックをしていただいた方には、リスタックでお返しさせていただきます。







村長、お疲れ様です🍵
あ、それでお互いに応援し合う為に「夢祭り」を企画した訳ですね💡
因みに私も今日「夢祭り特別作」も書き終わっただけでなく、発表待機状態に漕ぎ着けました🛶
こんばんは🤗いつもタメになる記事ありがとうございます。読むといつも一歩進んでみようかなと考えてしまう。6/21に正式に退職して、離職票とかまだ来てません。少し休む!って決めたのに、今日クラウドワークス登録してしまった。まだ覗く程度。看護師はしたいから今後探す。副業はいつでもできるようにスタートライン引こうと思って登録しました。
途中で諦めたくないのでコメントで宣言してみました!
あと、さとさんの記事読んでくださいね!この前のライブ配信の内容ですよ🤗🤗